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大聖堂に続き、「ヴァチカン美術館」を見てみましょう。
(館内は、一部を除き、自由に撮影可能です)
この美術館の一番奥に、システィーナ礼拝堂があります。



「地図のギャラリー」です。
幅6m、奥行き120mあります。

そしていよいよ、「システィーナ礼拝堂」に入ります。

(館内の撮影可能ポイントから撮影)
システィーナ礼拝堂の内部です。
映画でも出てきました。ここで、ローマ法王を選出するための選挙、コンクラーヴェが行われます。
幅13m、奥行き40m、高さ20mの空間いっぱいに美しい絵が描かれています。
正面に見えるのが、ミケランジェロの傑作、「最後の審判」です。
映像や写真では、これまで何度も見たことがありますが、実物を目の前にすると、もう・・・。なにか、こう、言葉にできない、心に直接訴え掛けるものがあります。
奥さんも私も、しばらくこの場に立ち尽くしてしまいました。
生きている間に、この絵を見れて良かったです。
ありがとう、奥さん。0xF9CF
広場に続き、「サン・ピエトロ大聖堂」を見てみましょう。

高さ約120m、幅約156m、奥行き約212m。いうまでもなく、世界最大級の教会建物です。

これが有名な、教皇の執務室への入口を守る、ヴァチカンの衛兵(スイス衛兵)です。
この制服のデザインは、一説にはミケランジェロによるものだとか。
(たしかに、このデザインのまま描かれている絵画を観たことがあります)

大聖堂の入口です。
中央には、ローマ法王が、広場に集まった信者たちに祝福を与えるバルコニーが見えます。

圧倒されるほどの高さです。
人々の大きさから、この建物がいかに巨大なものであるか、お分かりいただけるでしょう。
大聖堂は、十字架の形をしており、長い方の建物は、「身廊」(約212m)と呼ばれています。

身廊に入ってすぐ右側の礼拝堂には、この大聖堂で最も有名な作品、ミケランジェロの「ピエタ」があります。
磔にされ、死せるキリストを腕に抱き、悲しみにくれる聖母マリアを描いたこの大理石像は、1499年から1500年に掛けて製作されたもので、ミケランジェロ23歳の傑作です。

身廊をさらに進み、左右の「翼廊」(約156m)と交差するクーポラ(ドーム)の下には、教皇の祭壇があり、ブロンズの大天蓋(バルダッキーノ)で覆われています。
この大天蓋は、ベルニーニが助手ボッロミーニとともに、1633年に完成させたもので、バロックを代表する傑作です。



大天蓋の下には、ネクロポリス(地下墓地)への入口があります。歴代のローマ法王が眠っています。
映画のクライマックスでも出てきました。追い詰められたカメルレンゴが、ここから地下墓地に入っていきます。

透かし彫りのような蓋があり、下の灯りが透けて見えます。
この下に、ネクロポリスが広がっているのですね。

一番奥(後陣)の礼拝堂です。大聖堂の中でも、とりわけ聖なる場所で、ここに聖ピエトロの司教座が置かれています。
ベルニー二が1665年に完成させた作品で、雲に群がる天使たちの後には、化粧漆喰でできた大きな光背が輝いています。

ベルニーニ作、「聖ヴェロニカ像」です。
キリストが十字架を背負ってゴルゴダの丘へ向かう途中、亜麻布でキリストの顔の汗を拭ったとされる伝説の女性です。
それにしても、なんと動きのある彫刻でしょう。これがすべて大理石でできているとは、とても信じられません。

歴代のローマ法王の名が刻まれています。

それでは、いったん外に出ます。

大聖堂のクーポラに上ります。
途中まではエレベータですが、途中からは階段で上がることになります。

クーポラの内部です。このように二重構造になっています。
途中まではいいのですが、だんだんと傾斜がきつくなっていき、最後は平衡感覚がおかしくなるくらいの斜度になります。

大聖堂の中(後陣)を見下ろしたところです。

クーポラの天井画です。
人間は、これほどまでに巨大で美しいものを、造れるのですね。

クーポラの頂上に着きました。
ローマの街が一望できます。サン・ピエトロ広場が、美しい左右対称性を示しています。

その向こうに、「サンタンジェロ城」が見えます。
つづいて、「ポポロ教会」から南西に向かいます。0xF9D8

地下鉄A線のオッタヴィアーノ駅(Ottaviano)を降りて少し歩くと、すぐに目的地の巨大なクーポラ(ドーム)が見えてきます。

途中で見掛けた、ヴァチカン市国の警察官です。映画にも出てきました。
(有名な衛兵さんは、後ほど)
こちら側はイタリア、向こう側はヴァチカン市国です。

284本もの巨大な柱が林立する柱廊を抜けると、

目の前に、広大な広場が広がります。「サン・ピエトロ広場」(Piazza San Pietro)です。
10,000kmの距離を越えて、遂にやってきました。

柱廊の上からは、カトリックの聖人たちが広場を見下ろしています。その数、140体。

中央のオベリスクは、エジプトのアレクサンドリアに建てられたものを、カリグラ帝がローマに運ばせました。その後、1586年に、教皇シクストゥス5世が現在の位置に移しました。

サン・ピエトロ大聖堂の前から、広場を眺めたところです。人々の大きさから、この広場がいかに広大なものであるか、お分かりいただけるでしょう。
オペリスクを中心点として、柱廊が楕円形に取り囲み、その幾何学的な焦点の位置に、2つの噴水があります。完璧なまでの左右対称性を示しています。
楕円の長径は200m、短径は165m。30万人もの人々を収容できる広さを誇ります。
サン・ピエトロ大聖堂は、ミケランジェロの設計ですが、このサン・ピエトロ広場は、ベルニーニが設計したものです。
この広大な広場も、ローマ法王が選出される時や、25年に1度の「聖なる年」には、世界中から集まったキリスト教、カトリックの信者たちで埋め尽くされます。
その人混みの中で、第2の犠牲者が出ます。誘拐された枢機卿が、鋭い刃物で胸を刺され、オベリスクの足下に倒れます。
肺にまで達した深い傷により、呼吸のたびに、ひゅうひゅうと音がします。その音は、まるで“風”のようです。
やがて、枢機卿は息絶えます。
その枢機卿が倒れたオベリスクの足下には、つぎの“啓示の道”への手掛かりがあります。

その手掛かりが、これ、「西の風」(West Panente)です。
第2の元素、「風」(空気)です。
この大理石でできた楕円形のレリーフ(メダイヨン)は、オベリスクの周囲、東西南北の8方向に埋め込まれています。
メダイヨンに描かれているのは、ギリシャ神話の神、「ゼピュロス」(西風の神)です。ゼピュロスの口から力強く吹き出された息(風)は、“5”本の筋として描かれています。
その“3”本目の息は、サン・サンピエトロ大聖堂のある方向とは逆、すなわちヴァチカンの真東を示しています。

それでは、ゼピュロスの息の示す“東の方角”に向かってみましょう。0xF9D8
「天使と悪魔」ツアーは、いったん小休止して、

ここは、ローマの南の端、「カラカラ浴場」(Terme di Caracalla)です。
紀元216年ごろ、カラカラ帝によって造られた、古代の公衆浴場です。
浴場部分だけでも、間口220m、奥行き100mもあり、一度に2,000人近い人たちが入れる広さがあります。

サウナ、冷水浴室、高温浴室などの施設を備えていたうえ、色鮮やかなモザイク床で覆われた豪華な内装を誇っていたとか。

他にも、風呂に入る前に汗を流すための運動場や集合広場といった様々な施設を持つ、巨大な社交場だったそうです。

真ん中に見えるのは、「ローマの松」です。
日本の東海道の道沿いにも松が植えられていましたが、アッピア街道を始めとするローマの街道にも、松が植えられていたようです。
といっても、日本の松からは想像もできないほど、不思議な形をしています。
なんと言っても、その大きさ。日本の松の2~3倍ぐらいの高さがあるでしょうか。さらには、松ぼっくりが、ダチョウの卵(?)ほどの大きさがあります。デカイです。

今宵はここ、カラカラ浴場の舞台を使って、オペラの公演があります。
演目は、「アイーダ」。ファラオの時代のエジプトとエチオピア、2つの国に引裂かれた男女の悲恋を描いたものです。ご存知の方も多いでしょう。

それにしても、2000年近くも前の人びとが集ったであろう同じ舞台を使ってオペラが観れるなんて、なんか、感動です。0xF9CF
#ちなみに、いまは、夜の8時過ぎ。オペラは9時からなのですが、ぜんぜんまだ明るいです。ローマの夜は長い。
奥さんは、ヴィオラをやっているのですが、さっそくオーケストラ・ピットの方に消えていきました。本場のオペラ、興味津々のようです。

佳境に入ってきました。
って、当然のことながら、すべてイタリア語なので、なに言ってるか皆目分かりません。0xF9C7
日本でDVD観て予習は必須です。

公演が終わりました。
暖色系のライトに浮かび上がる古代遺跡。なかなか幻想的です。

内部が見れました。かなり広いようです。

いや~、良かったです。ありがとう、奥さん。0xF9CF