(前半からの続き)
キョウジュの生誕日に合わせたイベント、「坂本龍一 Premium Birthday 2026」の後半は、アルバム『音楽図鑑』の特別試聴会になります。

(画像は、試聴会開始前に撮影)
映画『Tokyo Melody』からのインターミッションで、ステージ上に、オープンリールデッキが設置されました。
このデッキにて、MIDI Inc.さん保有のマスターテープをスタジオでコピーした、サブマスターテープを使って、アルバム『音楽図鑑』の全曲が再生されました。(Dolby方式)

(画像は、試聴会終了後に撮影)
キョウジュの監修した音響空間(後述)で、教授の作曲した至高の楽曲を、全身に浴びることができるとは、何という幸福な時間でしょう。
しかも、リスニングポジションは、前述のとおり、スクリーンの前後左右ほぼ中央という、最高の場所でした。

(画像は、試聴会終了後に撮影)
映画『Tokyo Melody』が上映された直後から感じていたのですが、音の一粒一粒の解像度が、とても高いことが、手に取るように(耳に聴くように?)分かりました。
某・劇場向け音響システムのように、低音過多で、“ズンズンいわせて素人をビビらせる”みたいなイヤらしい演出ではなく、低音域から高音域までバランス良く出ていて、かつ超高音域というか、録音されたその場に居たかのような“空気感”まで、しっかりクリアに聴き取ることができました。
これが、
「キョウジュがスタジオで聴いていた音」(上映の前の解説より)
だったんだなぁと、えもいわれぬ深い感動を覚えました。
特に、キョウジュの作品の中でも、最も好きな曲の一つである「Self Portrait」が掛かった時の感動といったら・・・、
#もう一つは、アルバム『未来派野郎』の「Ballet Mécanique」ですが。0xF9CB
衝撃的だったというか、金縛りに遭ったというか、もはや言語化できない経験でした。

キョウジュのためにスタジオに運び込まれたピアノの、凜とした美しい響き。しかも、Drumsがユキヒロさんで、E-Guitarが山下達郎氏という。
つらい時、悲しい時、何度この曲に助けられたことか。
#古くはバロック時代から続く「和声」や「調性」の理論も知らず、ノリと勢いだけでギターを掻き鳴らしているようなシャバ僧たちには、決して作れない崇高な音楽ですな。0xF9D1

さて、すっかりキョウジュの映像と音楽を堪能したところで、同じ10Fにあるプレミアムラウンジ、「OVERTURE」へ。

こちらは、「Class S」のチケットを持っていると、上映の1時間前からか、上映後のどちらかに、利用することができます。

ワンドリンク付きということで、大量の音響シャワーの余韻に浸りながら、大人の葡萄サイダーをば。0xF9CF
キョウジュの見ていた32年前とは、すっかり変わってしまった新宿の街を眺めつつ。

ゆっくりできたところで、9Fのスーベニアショップ、「POST CREDIT」へ。

キョウジュの作品の楽譜をはじめ、様々な関連グッズが、置かれていました。
すでに“ブレードランナー税”に次ぎ、“キョウジュ税”(“YMO税”ともいう)をたくさん払っているので、今回は、鑑賞の記念にということで、左奥にある『Tokyo Melody』のポスター(B2版)を買っておきました。

前半にすっ飛ばしてしまいしたが、このシアターの“音響”について、です。
109シネマズのいくつかの劇場には、プレミアムピュアサウンドシステム「SAION」(サイオン)が導入されているようです。
その中でも、ここ、109シネマズプレミアム新宿には、キョウジュが監修された「SAION SR EDITION」というシステムが導入されているとのこと。
キョウジュ曰く、
「僕が一番信頼している音響エンジニア・プロデューサーに手伝ってもらって、一緒に監修をした」
「曇りのない正確な音が出るように、とても注意して造られた」
「たぶん、日本で一番音の良い映画館になった」
だそうです。
新宿高校に通っていた頃から新宿の映画館に入り浸っていたというキョウジュの、映画館の音響に対する強いこだわりが窺えます。

ぬぬっ、こっ、これはっ!?
厳重にディスプレイされていたので、キョウジュ直筆の楽譜かと思いましたが、残念ながら違いました。

キョウジュの言葉。

“音”に対する思い。
ですが、この言葉よりも、ちょっと記憶が曖昧ですが、確か「月刊カドカワ」の対談か何かで、
「テクノは音色(ねいろ)、センチメンタルなメロディーこそ永遠だ」
と仰っていた言葉の方が、自分としてはしっくりきます。(時期は『NEO GEO』の頃、「NISSAN CEDRIC」のCMに出られていた頃かと)
年齢を重ねるにつれ、“音”に対する思いも移り変わり、深みを増していかれたのだと思いますが、批判を恐れずにいうと、「音作り」とは別の観点でみると、後年のキョウジュの姿勢や活動は、自分としては馴染めませんでした。
「なぜ、“あっち方向”に行ってしまうのだろうか」と。
#まぁ、新宿高校の頃から「バリ封」に関わっていらしたようなので、“そっち方向”の素性はお持ちだったようですが・・・。
YMOの“散開”(1983年末)後、『音楽図鑑』(1984年)から『未来派野郎』(1986年)、『NEO GEO』(1987年)辺りまでが、キョウジュが最先端のテクノロジーを最も使いこなし、最もエネルギッシュに見えて、最も憧れの存在であった時期でした。
ちょうど、自分が最も多感であった時期と重なっていたからかも知れません。
そんなこともあり、当時、世界で最もエネルギーに満ち溢れていた東京の“原風景”を見てみたくなって、久しぶりに・わざわざ(事由は後述)『Tokyo Melody』を観に来たのかもしれません。

名残惜しいところですが、シアターを後にして、同ビル17Fの「JAM17 DINING & BAR」に足を運んでみました。

JAM17 DINING & BARは、壁一面に、LPレコードのジャケットがディスプレイされていました。
こちらは、お洒落な国の「お洒落な音楽」、フランスのロボット2体(笑)の電子音楽デュオ。

こちらは、鋼鉄の国の「鋼鉄の音楽」、ドイツのロボット4体(笑)の電子音楽クァルテット。

そしてこちらが、紙と竹と畳の国の「やわらか音楽」、我らが日本の浮気なおじさん3名(笑)の電子音楽トリオになります。0xF9CB
話は戻りますが、2023年に、ユキヒロさん・キョウジュと、立て続けに亡くなられてから、実は、あれだけ大好きだったキョウジュの作品から、少し距離を置いていました。(正確には、キョウジュの「後年の作品から」ですが)
ネットを使っていると、やたらとキョウジュ関係の音楽やアートのプロモーションが目に入ってくるようになったのですが、それらが、
「果たして、キョウジュの遺志に沿っているのか」
という疑問が沸いてきたためです。
その大きな功績を見れば、歴代の大作曲家たちに並び、永く後世に伝えられていくことに疑問の余地はありませんが、一方で、何かこう、上手く言語化できない“モヤモヤ感”が残るのです。
「そこまでして持ち上げなければならない存在だったのか」と。
確かに、とても存在の大きな方であったので、その周囲で関わりのあったヒト達もたくさん居た訳で、そのヒト達のためにも、ご本人が亡くなった後でも、リバイバルをしたり、新たな解釈を加えたりしてプロモーションしていかなければならない、ということは分かるのですが・・・、
どうも、ね。
度が過ぎるというか、キョウジュは「本当にそういうことを望まれていたのかな」と思うところ、多々あり。
喩えていうなら、その昔、キョウジュと村上龍氏との対談集「EV. Cafe ~超進化論~」(講談社:1985年)にて、
村上: 無根拠で居直ってやっているのでは、「USA for Africa」の方が偉いと思うけどね。
坂本: 真っ白ね。何もないんだもんね。産業だけがある。産業だけが見えてくる。
(脚注: アフリカの飢餓救済のため、アメリカの著名なアーティストが一堂に集結したプロジェクトで、1985年に楽曲「We Are the World」を制作)
と、奇しくもキョウジュが、「チャリティーという名を借りた利潤獲得活動」として、揶揄されていたことに近いように思います。

(画像は、映画『Tokyo Melody』より拝借)
「ビジネス」ですので、利益追求が悪いと言っている訳ではありません。
ただ、神輿に乗るヒトが居なくなってもなお、神輿を担いで儲けようという思惑が、何となく透けて見えてきてしまって、あの頃、キョウジュを大好きだった一ファンとして、「興醒めしてしまった」というのが、正直なところです。
話がかなり脱線してしまいましたが、キョウジュの生誕日に合わせた貴重なイベントに絡めて、いろいろなことを考えさせられた一日でした。

Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto 4K レストア版 - Premium Birthday 2026(その1)
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