戦後憲政史上初の、歴史的な日として記憶されるであろう夜が明けた日。
「Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto 4K レストア版 - Premium Birthday 2026(その2)」(2026年1月17日)
キョウジュの、“音”に対する思い。
ですが、この言葉よりも、ちょっと記憶が曖昧ですが、確か「月刊カドカワ」の対談か何かで、
「テクノは音色(ねいろ)、センチメンタルなメロディーこそ永遠だ」
と仰っていた言葉の方が、自分としてはしっくりきます。(時期は『NEO GEO』の頃、「NISSAN CEDRIC」のCMに出られていた頃かと)年齢を重ねるにつれ、“音”に対する思いも移り変わり、深みを増していかれたのだと思いますが、批判を恐れずにいうと、「音作り」とは別の観点でみると、後年のキョウジュの姿勢や活動は、自分としては馴染めませんでした。
「なぜ、“あっち方向”に行ってしまうのだろうか」と。
#まぁ、新宿高校の頃から「バリ封」に関わっていらしたようなので、“そっち方向”の素性はお持ちだったようですが・・・。
キョウジュの楽曲「ONGAKU」にて、「ピアノに登って オンガク」していた子(当時3才)も、いまや45歳になったとか。
カノジョの音楽活動については、「Sister M」だったことを知っていた程度で、まったくフォローしていなく、以前から元々観ていたNHKの「日曜美術館」で、井浦新さんや小野正嗣さんに継いでキャスターになったことぐらいしか知りませんでした。
が、旧Twitterに、このようなポストをしていたようです。
「なんだこれは?」という驚きのつぎの瞬間、「然もありなん」と、妙に腑に落ちてしまいました。
自分の思想信条や、推していた政党が受け入れられなかったことが、よほど悔しかったのでしょう。
少数派=「戦争を望まない」、多数派=「戦争を望んでいる」と、誤った二項対立に持っていっているところと、「少数派である私たちこそ正しい」と思い込んでいるところに、大きな危うさを感じます。
社会的接点が少なく(特定の集団としか接点がなく)、多種多様な世界に触れたことのないヒトに多い思考回路ですね。
#これまでの経験上、比較的、女性に多い気がします。話していると、すぐに分かります。0xF9D1




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